‐栃木最古の蔵元が教える『清酒酵母』の基礎知識ときょうかい酵母の秘密‐
栃木の地酒蔵元がこっそり教える!明日から使える簡単マメ知識
皆様こんにちは! 日本名水百選の水が湧き出る栃木県佐野市で、延宝元年(1673 年)創業、 350 年以上の歴史を誇る栃木県内最古の蔵元、第一酒造の蔵人でございます。
私たちは、名水と自社栽培の酒米を用いて、やわらかな旨味と上品な香りの銘酒「開華」を醸しております。
清酒酵母 ― 酒の個性を生む、見えない主役
日本酒造りにおいて、米や水はよく語られる存在です。しかし、実際の酒の香りや味わいを大きく左右しているのが「清酒酵母」です。酵母は、デンプンが糖化酵素によって分解されたブドウ糖をアルコールへと変えるだけでなく、香り成分や酸、味わいの輪郭までも形づくる、まさに酒質設計の要となる存在です。
同じ米、同じ精米歩合、同じ仕込み方法であっても、使用する酵母が異なれば、出来上がる酒はまったく別の表情を見せます。清酒酵母は、蔵の個性や酒造りへの考え方を映し出す「見えない主役」と言えるでしょう。
そもそも「酵母」って何?微生物の不思議
酵母とは、主に母細胞から娘細胞が芽を出し、分裂することによって増殖する微生物の総称です。大きさは5~10ミクロン(1ミクロンは1/1000mm)ほどの球形や楕円形の姿です。
酵母は広く自然界に分布しており、ワインやビール、醤油や味噌、パンなどの製造にも用いられています。清酒には「清酒酵母」を、ビールには「ビール酵母」をなど人間はそれぞれの目的に合った酵母を選択し使い分けしてきました。
日本酒の品質を支えてきた「きょうかい酵母」の歩み
清酒酵母は大きく分けると「蔵付き酵母」・「きょうかい酵母」・「都道府県酵母」の3つのタイプに分けられます。
その中でも清酒酵母を語るうえで欠かせないのが、きょうかい酵母です。これは日本醸造協会によって選抜・培養され、全国の酒蔵へ頒布されてきた優良酵母群の総称です。
かつての酒造りでは、「蔵付き酵母」と言って蔵に棲みついた自然酵母に頼る部分が大きく、発酵が不安定になったり、酒質にばらつきが生じたりすることが少なくありませんでした。そこで優れた性質を持つ酵母を分離・管理し、安定した酒造りを実現するために誕生したのが、きょうかい酵母です。
1906年の頒布開始以来、現在に至るまで各地の酒蔵に頒布され、お酒の品質向上に貢献してきました。
番号で管理されるきょうかい酵母は、それぞれに明確な個性を持っています。蔵元は目指す酒質に応じて酵母を選択できるようになり、日本酒の表現の幅は大きく広がりました。
現在は、きょうかい1~5号の酵母は頒布を終了しています。
次に、現在使われている代表的なきょうかい酵母を紹介します。
味わいを飲み分ける!代表的な「きょうかい酵母」の個性
1)きょうかい6号酵母
きょうかい6号酵母は、現在頒布されている中では最古のきょうかい酵母で、低温でも安定した発酵力を持つ酵母です。発酵力が強く、穏やかで澄んだ香りが特徴で淡麗なタイプの酒になりやすいです。
6号酵母は、1935年に秋田県の新政酒造の醪から採取・分離され、使用が始まりました。
2)きょうかい7号酵母
きょうかい7号酵母は、現在でも使用する蔵が多い代表的な酵母のひとつです。発酵力が強く、香りは穏やかから中程度で、柔らかな果実香を伴い、酸と旨味のバランスに優れた酒質に仕上がりやすいのが特徴です。安定感と完成度の高さから、長年にわたり多くの蔵で愛用されています。
この酵母は、1946年に長野県の宮坂醸造の醪から採取・分離され、広く使用されています。
弊社商品では、季節商品の「開花 特別純米無濾過生原酒」や「開花 特別純米酒 活性にごり酒」がきょうかい7号(701号)で仕込まれています。
3)きょうかい9号酵母
きょうかい9号酵母は、吟醸酒の普及とともに存在感を高めた酵母です。後述するきょうかい1801号のような、カプロン酸エチル高生産酵母が登場するまでは鑑評会用出品酒に使われる酵母の定番でした。
この酵母で仕込まれたお酒の特徴は、華やかで香り高く、まろやかな味わいになります。
こちらは、熊本県の熊本酒造研究所の保存株から選抜されたもので、1968年から全国に頒布されています。
弊社商品では、かっちりと綺麗な酸を補う目的で、「開華 純米大吟醸 山田錦」や「開華 純米酒」、「特別純米原酒 みがき」等がこの酵母で仕込まれたお酒を使っています。
4)きょうかい1801号酵母
近年日本醸造協会では、華やかな香りを生む酵母やリンゴ酸を多く生み出して軽快な酸味を造り出す酵母などの機能を重視した酵母を開発・頒布しています。
その中でも、きょうかい1801号酵母は、9号系酵母をベースに改良された比較的新しい酵母で、2006年に頒布が始まりました。華やかな香りと発酵の安定性を兼ね備えており、フルーティーな香りが明確に表れやすいのが特徴です。雑味が出にくく、後味がすっきりと切れるため、軽快で洗練された酒質になりやすく、現代的な吟醸酒を志向する蔵に多く採用されています。
弊社商品ではこの酵母で仕込んだお酒はありません。しかしながら、確認できる中の最も新しい記録である令和5酒造年度の全国新酒鑑評会の分析結果において、このきょうかい1801号で仕込んだ出品酒が最も多かったということがわかっています。
地元の風土を醸す「栃木県酵母」の魅力
近年、各地で開発が進められている「県酵母」や「地域酵母」も、日本酒の多様性を語るうえで欠かせない存在です。栃木県においても、県内の酒造りや食文化に寄り添うことを目的として、栃木県酵母が育成されてきました。
栃木県酵母の特徴は、香りが過度に主張しすぎず、柔らかく上品である点にあります。米の旨味を素直に引き出し、飲み飽きしない酒質になりやすいため、食中酒として高い評価を得ています。
また、夢ささらをはじめとする栃木県産酒米との相性も考慮されており、ふくらみのある旨味と、きれいな後味を両立しやすい点も大きな魅力です。
酵母選びは、蔵の「哲学」である
きょうかい酵母と栃木県酵母に、優劣はありません。全国共通の基準で安定した酒質を実現するきょうかい酵母と、土地性や食文化を色濃く映し出す地域酵母は、それぞれ異なる役割を担っています。
どの酵母を選ぶかは、蔵がどのような酒を造りたいのか、どのような場面で飲んでほしいのかという、酒造りへの考え方そのものです。その選択は、香りや味わいの中に、静かに表れてきます。
おわりに
清酒酵母は目に見えない存在ですが、その働きは酒の香りや味わいの中に確かに息づいています。ラベルの裏に記された酵母の情報の向こうには、蔵人の試行錯誤と酒造りへの想いがあります。
次に日本酒を手に取るときには、酵母という視点からその一杯を味わってみてください。日本酒の奥行きと魅力を、より深く感じていただけるはずです。